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四季を感じる癒しの半島、探しに行こう三浦半島へ!

横浜金沢エリア 寺院・神社 temple



横浜金沢エリア観光スポット>寺院・神社>称名寺
金沢文庫 横浜市民の森 桜
称名寺
しょうみょうじ
 📞045-701-9573
お問い合わせの際「エンジョイ三浦半島」を見たと伝えて頂くと幸いです。

京急金沢文庫駅から徒歩約15分、細いバス通りを抜けるとあります。赤門を抜けると参道の桜並木が出迎えてくれる。境内は国指定史跡になっていて市民の憩いの場として人気を集めている。金沢三山の一つ金沢山は称名寺の裏山で市民の森として散策出来ます。 桜の季節は花見客で賑わいます。
北条顕時・金沢貞顕の墓
中世の隧道
国指定史跡 称名寺境内
 称名寺は、金沢山称名寺と号し、真言律宗の別格本山として西大寺末の律院で、本尊には木造弥勒菩薩立像(鎌倉時代、重要文化財)が安置されています。
 本寺は、金沢北条氏一門の菩提寺で、草創の時期は明らかにしていませんが、正嘉2年(1258)、金沢氏の祖と称されている北条実時「さねとき」(1224~1276)が、六浦荘金沢の居館内に営んだ持仏堂から発したと推定されています。
 その後、称名寺の基礎が定まるとともに伽藍の整備が着手され、実時の子、顕時「あきとき」(1248~1301)の時代には、弥勒堂、護摩堂、三重塔などが建立され、さらに顕時の子、貞顕「さだあき」(1273~1333)は伽藍の再造営を行い、元亨3年(1323)には、苑池を中心として弥勒来迎板絵(重要文化財)に荘厳された金堂を初め、講堂、仁王門など、七堂伽藍を備えた壮麗な浄土曼荼羅にもとづく伽藍を完成させました。
 しかし、元弘三年(1333)、北条氏の滅亡により鎌倉幕府の崩壊を契機として伽藍の維持が困難となり、江戸時代に入ると創建当事の堂塔の姿を失いました。
 大正11年、称名寺の内界である中心区域が国指定を受け、更に、昭和47年、境内背後の丘陵を含めた範囲が指定されるとともに、昭和62年には、庭園苑池の保存整備事業が行われました。
案内板より抜粋

基本情報
住所 神奈川県横浜市金沢区金沢町212-1
電話 045-701-9573
営業時間 9:00~16:30
拝観料 無料
主な施設 広場三カ所、休憩所二カ所、トイレ8(称名寺庭園内)
桜の見ごろ 桜(3月下旬~4月上旬)
面積 10.2ha
散策路延長 1,950m
駐車場 なし      ↓駐車場検索は下記の周辺地図情報から↓
交通手段 京急金沢文庫駅から徒歩15分

称名寺の庭園は、元亨3年(1323)に描かれた重文「称名寺絵図並結界記(けっかいき)」によって、伽藍の配置と共に完成時の姿を知ることができます。
 庭園は、金沢貞顕「さだあき」の時代の文保3年(1319)から、翌年の元応2年にかけて造られました。

 作庭には性一(しょういつ)法師が携わり、青嶋石を使用した90数個の景石を、中島や池の周囲に大量の白砂と共に配置することなどを指示し、その満々と水が注がれた苑池には貞顕から贈られた水鳥が放され、ここに伽藍の美観の要とされる浄土庭園の完成が見られました。
 苑池は金堂の前池として、浄土思想の荘厳のために設けられたもので、南の仁王門を入り、池を東西に二分するように中島に架かる反橋と平橋を渡って金堂に達するようになっています。
 このような配置は、平安時代中期以降盛んになった、浄土曼荼羅(まんだら)の構図に基づき造られた浄土庭園の系列にあるもので、称名寺の庭園は、時代的に浄土庭園の基本的な形態を残す最後のものとして、庭園史上高い評価を得ております。
案内板より抜粋






 


 


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